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kaidaten's blog~書評ノート~

日経新聞関連の時事ネタを中心に書評ノートを公開中。小説や実用書、自己啓発本についてもたまにエントリー。

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就職活動の日程見直し~経団連や日経記者の大きな勘違い~

日本経済新聞

 

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就活の現状~専門家と学生間の意識の違い~

日経新聞の社説で最近の就活事情が取り上げられていたので、紹介しようと思う。新卒での就職活動を経験してそれなりに経つが、当時の自分と比較しても、今の就活生たちは正直気の毒な状況にあると思う。社説で提案されている内容にもかなり違和感を感じた。11/11日経新聞社説「日程見直しだけでは正せぬ長丁場の就活」を題材に、この問題について考えてみようと思う。

 

 

 

日経記事要約

選考開始時期の見直し

経団連は来年4年生になる大学生の就職活動日程を見直し、面接など企業による選考活動の解禁時期を8月から6月に2ヶ月程度、早める方針を打ち出した。日程の前倒しは就活の長期化を抑える狙い。学生の負担軽減や勉学の時間確保のためにはスケジュールのあり方だけを考えても不十分だ。学生の目をもっと中小企業に向けさせたり、企業が秋や冬にも一定数を採る通年型採用を取り入れたりするなど、多面的な取り組みが欠かせない。学生が学業に専念できるよう選考の開始時期を4月から8月に変更したものの、解禁前から実質的な選考ととれる活動をする企業がみられ、早くから就活が始まる状況はあまり変わっていない。選考の解禁が後ろにずれたことで就活の長期化を助長したとの批判があり、再度の日程見直しになった。

 

今後の就活スケジュールについて

再来年以降の選考活動の時期について経団連は、大学や文部科学省などの意見も聞き、改めて検討するとしている。就活スケジュールをめぐる論議が迷走し、学生や企業が混乱しないか心配だ。

 

学生にとって最適な就活のかたちを探る

就活が早くから過熱する背景には大学生の数の増加がある。大手企業に入る競争は以前より激しくなり、学生が最終的に企業の内定を得るまでの期間は長引く。こうした現状を改める手立ては、一つは学生と中小企業の橋渡しの強化だ。大学やハローワークは連携して、成長性の高い地域の中小企業を積極的に学生に紹介すべきだ。また、企業は採用活動の時期の分散化を進めてほしい。文系と理系の学生で採用時期を変えるなど、工夫の余地は大きいはずだ。いずれにせよ、。学生が就活に振り回される状況を改善するための特効薬は見当たらない。効果が見込める手を一つ一つ積み上げていく必要がある。

 

感想(経団連や日経記者の勘違いについて)

学生のことを本当に考えるならば、選考開始時期は3年(大学院1年)の12月解禁にすればよいと思う。経団連の考えや日経記者の主張はあくまで理想論である。日本の学生の大半は就活があろうがなかろうが、腰を入れて本業の学業に集中することはない。人生で圧倒的に自由な時間を持ち、周りは新しいことだらけ。”教えることのプロではない”講師陣の授業の内容は概しておもしろくない。友達と協力しながら継ぎはぎの知識を頭に詰め込んでテストに臨むことで必要な単位は揃う。自然と学業は疎かになり、サークル活動やアルバイトなどの活動に熱を入れるようになる。これが日本の大学生の実状だ。私自身もそうであった。そんな大勢の学生が唯一、真面目に活動しなければならないイベントが「卒論もしくは修論の執筆」である。大学4年生、大学院2年生の中〜後半の時期に該当する。この時ばかりは堕落している彼らも学業に専念せざるを得ない。逆にこの期間にいやいやながらも執筆活動に励むことで、計画的に物事を進め、課題があれば主体的に解決していくという、社会で必要な能力を微小ながらも彼らは身に付けることができる。そんな大切な時期に就職活動をぶつけられてしまっては、多くの学生が成長できる貴重な機会を奪われかねない。

残念ながら、学生が学業に専念するために就活の解禁時期を後ろ倒すという発想そのものが逆効果であることを訴えたい。大学生は自由人の集合体である。解禁時期をいくら延ばしたところで、彼らが勉学に時間を費やすことはなく、モラトリアムがただただ延長されていくだけである。つまり、大学3年(大学院1年)の早々に就活に決着を付け、強制的に卒論・修論という学業イベントに集中させることこそが結局彼らのためになるのである。

もちろん真面目に学業に取り組んでいる学生も一定数居ることは認める。しかし、そういう学生は心配せずとも学内推薦や企業からのハンティングにより、さらっと就職先を決める。成長性のある中小企業の魅力を語ってある程度興味を示すのも、どちらからというと真面目に学業に臨んでおり、現状を冷静に判断できる学生であり、間違いなくマイノリティだ。「心配せずとも勝手に内定取ってくる」グループである。

今、経団連日経新聞の記者が提言していることは、どちらかというと米国スタイルの学生達に有効であると感じる。彼らは日々多くの課題を与えられ、文字通り学業に専念しており、模範的な大学生像を示している。米国の大学は入学試験よりも卒業試験の壁を突破することの方がはるかに難しく、学生はキャンパス内で皆真面目に勉強する。日本の学生が彼らのようであれば、就職活動の時期を後ろ倒し、就活期間を短くすることは、「学業に専念できるように」という大目的に対して有効な手段になり得るだろう。しかしながら、残念なことに我が国の学生達はそのような理想とはほど遠い状況にある。

ただ、ここまで話が及んでくると、それこそ日本の大学教育の根本的な在り方をどうすべきか、という議論になってくる。不毛である。とりあえず、大学生の”肌感”を把握するところから就活解禁時期検討の全てが始まる、と感じるのは私だけだろうか。