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kaidaten's blog~書評ノート~

日経新聞の要約や書評を中心にエントリーしてましたが、最近はざっくばらんにやってます。

宇宙飛行士「毛利衛」さんの本棚〜日本経済新聞2016年1月3日〜

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宇宙飛行士「毛利衛」の読書歴を追う

日本人として初めてスペースシャトルに搭乗し、一躍時の人のなった「毛利衛」さん。

 

2016年1月3日の日経新聞「リーダーの本棚」にて、毛利さんの読書歴が取り上げられていて、読んでみてなかなか興味深かったので、当エントリーで紹介することにした。

 

人は本から多くのことを学ぶ。各分野のトップがどのような書籍に触れて生きてきたのか、知っておいて損はない思う。

 

毛利衛(もうり まもる)

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日本科学未来館館長。1948年生まれ。1972年に北海道大学大学院修了。1992年、日本初のスペースシャトル搭乗員に選出。2000年に2度目の宇宙飛行を達成。

 

宇宙飛行士として地球の未来に思いをはせる

毛利衛。宇宙飛行士を2回経験し、本への向き合い方が変わったという。宇宙の視座から地球や人類の未来について考えることが多い。

 

座右の書は2種類。一つが自分の精神や肉体に働きかけ、「人生に影響を与えた本」。二つめが「自らの傍らに置き、社会との関わりの中で役に立っている本」

 

 

 

現職に役立っている本

現職”日本科学未来館館長”としての仕事に役立っているのが、旭硝子財団が刊行した『生存の条件』。同財団は、地球環境問題の克服に貢献した人を世界から選んで表彰しており、その中間報告としてこの本が出版された。地球は大気や水の汚染、砂漠化などの様々な問題に直面し、それらの多くは人間の活動が原因となっている。

読むと地球が直面している問題が手に取るようにわかる。別冊のデータ集も充実。科学者が集めた信頼できるデータが多く、客観的な未来予測もある。講演のときにデータを抜き出し、理解の助けになるようにしているという。データを見ながら、それらがもつ意味を考えることもある。本書の中に「環境危機時計」という指標が掲載されている。地球に破局が訪れる時間を12時として、いまが何分割か、専門家の意見を元に決定しているそうだ。”2015年”は「9時27分(きわめて不安)」という深刻な結果に。人類に残された時間は長くない。国や組織だけでなく個人として何ができるか考えさせられる一冊だ。

 

学生時代に読んだ本

学生時代は宮沢賢治グスコーブドリの伝記手塚治虫鉄腕アトム火の鳥を愛読。科学への興味をかき立てられるだけでなく、人間が人間らしく生きるにはどうしたらよいか考えさせられる本だったという。

内容:主人公は冷害を防ぐため命を犠牲にして火山を爆発させる。科学者の良心を描く。

 

内容:毛利さんは「復活篇」を愛読。人間とロボットのかかわりを通じ、人間が人間らしく生きるとは何かを問う。

 

宇宙飛行士時代に読んでいた本

宇宙飛行士に選ばれた後も順風雨満帆だったわけではない。大学の職を捨て家族もいるのに、候補者が3人もいて必ず宇宙に行ける保証はない。追い打ちをかけるように1985年にチャレンジャー号の爆発事故。事故の影響で搭乗まで長く待たされ、不安を感じて過ごした。この頃、フランクル『夜と霧』をよく読み返していたという。ナチス時代の強制収容所を舞台にした体験記録であるが、「未来に希望をもてば生きられる」「誰かの役に立ちたいと思う人は存在価値がある」というメッセージが心の支えになった。

 

訓練が始まると、物の考え方が一変。宇宙飛行士は目標達成ありきで、目標を最短の時間で確実になし遂げるには何をすべきか、そればかり考える。当時よく読んだのが宮本武蔵五輪書。剣の達人が「勝つ」というただ1点に向け、肉体と精神のあり方を突き詰めた本。至る所に線を引きながら読んだという。

忘れられない思い出も。奥さんが河合隼雄さんの『こころの処方箋』を5冊ほど買い、自宅のトイレなどにおいてくれていた。読むと「考えて仕方ないことは一切考えるな」とある。訓練のことばかり考えている毛利さんを心配してくれたようだった。肩から力が抜けた。

 

 内容:「勝つ」というただひとつの目標のために、肉体と精神のあり方を突き詰めた。宮本武蔵という男の生き方を描いている。

 

 内容:真剣に悩むこころの声の震えを聴き取り、トラブルに立ち向かうためのヒントを与えてくれる。

 

宇宙から帰還後に読んだ本

帰還後は、科学の楽しみや喜びを伝える立場に変わり、最近では読書から新たな視点を学ぶことも多いという。宇宙では効率一辺倒で、食事の時間は無駄と思っていた。しかし帰還後、家族水入らずで食事したとき、食べることはこんなに楽しく、大事なのかと気付いた。そのときに出会ったのが辺見庸さんの『もの食う人びと』。火山噴火で森を追われた人々がインスタント食品を好んで口にするという逸話が印象的。野生生物を捕る暮らしの方が食生活としては豊かなはず。痛烈な文明批判だ。地球環境や人類の行方を考えるとき、この視点は役に立つ。

 

内容:ジャーナリストが世界を旅し、食べることの意味を探る。

 

戦前からの詩人で童話や絵本でも知られるまど・みちおさんの本からも多くを学んだ。「頭と足」という詩には「生き物が立っているとき、頭は宇宙のはてをさし、足は地球の中心をさす」という表現がある。重力を説明するとき、これほど本質的で物理法則にかなった説明はない。科学の難しい言葉を直感的に説明することは大切なこと。講演などの際、いつも参考にしているという。

 

内容:身の回りの科学的現象を平島で直感的な言葉で表現している。

 

感想

記事を読んでさすがだと感じたことは、毛利さんは自身が置かれた状況に応じて最適な書籍を選択し、そこから自分を向上させる知見を得ている点だ。

 

読書家は二種類に大別できる。本から学びを得て実生活に生かせる者と、そうでいない者の二種類だ。多くは後者で、毛利さんは前者だ。日々触れるものから常に何かを吸収しようという姿勢があるからこそ、洞察力が磨かれ、自然と質の高い読書ができるのであろう。感心させられる。

 

一方で、「読書」という行為に意味付けを行い、選書に制限を加えることはあまりにも虚しい。毛利さんの読書歴を見てみると、専門書から詩集まで多岐にわたることがわかる。

 

貪欲な姿勢がある一方で、自分の中に確固たる芯を持っているからこそ、何かに一辺倒になることなく、多様な思想を受け入れることができるのだろう。そのバランス感覚こそが彼を一流たらしめているのであると思う。