kaidaten's blog

kaidaten's blog~書評ノート~

日経新聞の要約や書評を中心にエントリーしてましたが、最近はざっくばらんにやってます。

村上さんのところ

書評

その美しい文体と独特な世界観を纏わせた数々の作品が人気を博し、「ハルキスト」なる熱狂的なファンまで生み出し、文学会に社会現象を引き起こした村上春樹さん。今や日本人でノーベル文学賞に最も近いとまで言われる我が国を代表する小説家だ。

 

と、こんな紹介をしておいてなんだが、私は村上さんの作品をこれまで一冊も読んだことがない。「美しい文体」も「独特な世界観」も知らない。元々、小説よりもノンフクションを好む傾向があったし、雑誌などで見る書評の内容から村上作品は自分に合わなさそうな気がしたので、これまでずっと読むのを敬遠していた。

 

そんな私が、たまたま会社帰りのブックカフェで見つけたのがこの一冊。

 

書名である「村上さんのところ」は、元々はWEB上の特設サイトを通じて実施された村上さんと一般読者との交流イベンドであった。読者から村上さんに対する質問を募り、それに村上さん自身が回答するというもので、当時それなりに話題となった。イベントでは千人を超える読者とのやり取りが生まれたが、その中から秀逸なものをいくつか抜粋し、書籍としてまとめたのがこの本だ。

 

なにかと有名なこの「村上春樹」という人物について、多少なりともその人となりを知っておきたいと思い、なんとなく手にとった。それなりに量があるのでさすがに途中で飽きがきたが、村上さんの人となりも知れたし、割とおもしろかったと思う。「親切心」を大切にして書いているということで、なんだがとても柔らかくて感じの良い文章だった。また、人柄については、なんだか掴みどころのない、飄々とした方なんだなーという印象を受けた。

 

本の内容で特に印象に残っているのは、「生きることが辛い」と相談する若者に対し、まず身体を動かすことを勧めている点。精神と身体は密接に関係している。食を改善し、運動を取り入れた規則正しい生活をするだけで、ほとんどの精神疾病は改善される。作家といえば、かつての文豪のように不精で病弱なイメージを連想しがちだが、村上さんは毎日ジョギングをし、規則正しく健康に暮らしているとのこと。一流の作品は、盤石な身体・精神から生まれているのだということをこの本を通じて知り、大袈裟ではあるが、作家に対するイメージが少し変わった。

 

ちなみに村上さんはヤクルトスワローズのファンで、中日ドラゴンズのマスコット「ドアラ」のことを「なんだが節操がない奴」と評する一方、ヤクルトの「つば九郎」については、貴賓ある素晴らしいマスコットであると述べられている。

 

また、村上小説の愛好家を意味する「ハルキスト」なる呼称に対しては難色を示しおり、せめて「村上信者」と呼んでほしいと自ら申し上げている。そっちの方がチャラチャラしてなくて、一体感も出てしっくりくるとのことだ。

 

 

 

内容抜粋

 

批判されるのが恐い

読者

ワタシは批判されたり、嫌われたりするのを恐れて自分の意見を主張できなかったりすることが多くあります。あとで「あのときああ言っておけばよかった」と後悔するのですが…。仕事をする上で、批判されたり嫌われたりするのを恐れてはいけないというのはわかっているのですが、どうしても気になってしまいます。どうすれば気にならなくなるか、アドバイスを頂ければ幸いです。よろしくお願いします。

村上さん

僕は嫌われたり、批判されたり、ないがしろにされたりするのが普通の状態だと思って生きてきました。そう思うと、嫌われたり、批判されたり、ないがしろにされたりしても、あまりこたえなくなります。もちろんあまりよい気持ちはしませんが、「ま、しょうがないだろう」と思えます。むずかしいかもしれませんが、そのように考えるとよいと思いますよ。スティングの歌の歌詞にたしか「I'm a legal alian」というのがありましたよね。「ぼくは合法的な異常人なんだ」と。人はそのように基本的に孤独なものです。

 

頭をあちこちぶっつけながら

読者

村上さんの小説に登場するユーモアあふれるタフな人物たちのような恋愛がしたいのですが、あまりうまくいきません。21にもなって彼女がいないのは、僕にとっても恥ずかしいことです。そこで聞きたいのですが、村上さんは女の子を口説くときはどのようにしていましたか?(小説の話ではなく、実際の村上さんの体験談などを教えてほしいです)村上さんの話を参考にして、今年中に何とかしようと思っています。お返事をくだされば幸いです。よろしくお願いします。村上さんの今後の活躍を祈って。

村上さん

女の子を口説くのはなかなか難しいことです。まずだいいちに相手を選ばなくてはならないし、それから先方がきみのことをどのように考えているかを見極めなくてはならないし、それからのきみの気持ちを相手に伝えなくてはならないし、相手の反応を見てどのように行動するかを決めなくてはなりません。すごくプロセスが面倒です。そのあいだに傷ついたり、落ち込んだりすることもたくさんあります。でもだいだいの人はそうやって、いろんなところに頭をぶっつけながら、いくつかのコツを学んでいくのです。僕だって検討違いなことをいっぱいやりました。人も傷つけたし、自分も傷つきました。(具体的な体験談まではできませんが)。でも人生にはそういうのが必要なんです。ほんとに。がんばってくださいね。

 

親切心が極意です

読者

病院で広報を担当してます。(中略)村上さんが相手にメッセージを伝える時に意識している事は何ですか?

村上さん

親切心です。それ以外ありません。親切心をフルに使ってください。それが文章を書く極意です。おもねるのではなく、親切になるのです。

 

生きることが辛い時には

読者

昨年、いままでに感じたことがないほど、生きることが辛くなりました。村上さんの小説を読み、なんとか今までやってこられました。仕事も恋愛も全部うまくいかなくて、これから先、どうなってしまうのかなと思うとどうしていいかわからなくなってしまいます。友人に相談したところ、やりたいことを見つけるように言われましたが思い浮かばず、美味しいものを食べたり、本を読んだりして日々が過ぎていきました。村上さんならこのような状況をどう乗り越えますか?

村上さん

僕は単純な人間なので、わりに単純なことしか答えません。身体を動かしなさい。自分の身体と対話をしなさい。あなたの場合、まずそこから始めるしかありません。身体を動かすことがきらい?呼吸をすることはきらいですか?それと同じです。あなたにとって身体を動かすことは、呼吸するのと同じくらい必要なことです。運動がきらいなら、部屋の片付けだって、アイロンがけだって、お風呂の掃除だって、なんだってかまいません。集中して身体を動かしなさい。そうしていないといつまでたっても、そこから抜け出せないですよ。がんばって。

 

たとえ不幸せになったって、人に嫌われたって、本を読まないよりは本を読む人生の方がずっと良いです。そんなの当たり前です。

 

本の魅力が理解できず生きてきた

読者

42歳の私は、ほとんど本を読んだことがなく、また本の魅力が理解できずに生きてきたのですが、6歳の娘が図書館に行き本を借りて来て、読んでます。一般的に本を好んで読まれる方は、なぜ読むのでしょうか?子供の事を少しは理解したいもので、すいません。よろしく願います。

村上さん

本を読んでいると、そのあいだ別の世界に行くことができます。現実を離れることができます。それが本が僕らに与えてくれる最大の喜びです。映画を観ているあいだも、同じようなことが起きるかもしれませんが、僕らは本を自由に開いたり閉じたりすることができます。いちいち映画館に行く必要もありません。本はものすごく個人的な、自由な、融通のきくヴィークル(乗り物)なのです。子供たちは物語の世界を通過することによって、現実社会に自分たちをうまく融合させます。読書はとても大事な体験です。優しく見守ってあげてください。