土佐堀川〜朝ドラでは描かれなかった広岡浅子の物語〜
書評
NHK朝ドラ「あさが来た」が終盤を迎えている。視聴率は軒並み高く、朝ドラ史上でもヒット作の部類に入ったと言えるだろう。
その原作が、本書「小説 土佐堀川」。発刊年は1988年。
大阪・中之島の図書館にただ一冊だけ置かれていた同書を、NHK製作担当者がたまたま手にしたことで世間に日の目を見ることになったそうだ。偶然に偶然が重なり、今回ヒット作が生まれた。
原作本を読んだ感想。
小説に描かれる広岡浅子は、ドラマ版よりも幾分か厳しく、より強固なメンタルを持ち合わせる大胆かつ冷静な女性である。
浅子に関する文献は少なく、著者自身も執筆までに長い時間をかけ、この女性実業家の人となりを調査している。
物語は文献調査によって明らかにされた事実をもとに構成されているわけだが、本書はあくまで小説。登場人物のセリフには、著者の思いや考えが如実に反映されている。
著者は、広岡浅子をどう捉えていたのだろうか。
女子が社会の表舞台に立つことが限りなく難しかったあの時代。並の男よりも遥かに自立心に富み、強固な精神力、活力を持ち合わせていた稀有な女性がいたことを世に伝えたい。そんな切な想いを私は感じた。名作だ。
ちなみに、私はドラマから広岡浅子の存在を知ったわけだが、今回原作を読んでみて少し驚くポイントがいくつかあった。
ドラマでは、実業家「五代友厚」が物語の中心人物として登場し、演者「ディーンフジオカ」の人気に火がついた。しかしながら、原作において、五代の描写はほんの数行。
五代友厚、浅子に全然影響及ぼしてないやん。
友近演じる女中「梅」は、原作では「小藤」という名前で呼ばれている。なんと小藤は浅子の旦那、信五郎(ドラマでは新次郎)の側室となり、後に子どもを三人も授かっている。浅子が九州の炭鉱に出向いてる間、信五郎の夜のお相手をしていたのは小藤であったのだ。衝撃。
浅子の娘。ドラマでは「千代」という可愛らしい名前をつけてもらっているが、実際は「亀子」。
亀子か〜。
内容抜粋
・悪口は一文の得にもならない
人の悪口を言ったところで、一文の得にもならず、言った当人の品格が下がるだけである。
・姉、春に贈った言葉
「そないに自分をいじめるものやおへん。人間一生の間に浮き沈みはつきものどす。心を明るう持ってな、七転び八起きいうやないの。いや、うちは九転び十起きと思うてる」
・五代友厚と岩崎弥太郎の生き方から浅子が得た教訓
自分は女性実業家としてどのような生き方をとるか。利益を上げて家の繁栄をはかるのは、昔からの商人の願いである。事業発展のための負債は構わないが、決済後に借金だけ残るようでも困る。しかし私欲に徹したあくどい商法はもちろん望むところではない。商いで儲けた利益はできるだけ社会に還元することにしよう、浅子はそういう結論を下した。
・人がお金を運んでくる
「お金がお金を連れてくるのやない。人がお金を運んでくるのや。つまりお金連れてくる人間様に真心を尽くすしかない」浅子は銀行員によくよく言い含めた。接客態度や礼儀作法などに気をつけるように、そして自分が人にしてもらいたいように真心を尽くすこと、口先の弁舌よりも誠実さをと、指導をした。
・浅子と信五郎の福沢諭吉論議
「文学の問屋にはなるな。帳合いも学問、時勢を察するのも学問て書いてあります」
・才能ある秀に浅子が説いた教え
「私は学問が好きです。沢山本を読んで知識を身につけたいと思います」これだけはっきりした考えを持つ女性は珍しいと思い、浅子は突っ込んでみた。
「勉強するて、何のために」
どこまで本気なのか、打診してみたいという気持ちもある。
「何のためにって、自分の向上のためにです」
「秀ちゃんは、本読むだけで成長できると思うてるの」
秀は、ちょっとむずかしい表情になり、鼻の先に皺を寄せた。それがとてもかわいらしく見えた。
「ええか秀ちゃん、本ばかり読んで、世の中から遠ざかったら何もならへん。本の虫になって、常識ない人間になってはあかんで。生きた学問せなあかん」
「生きた学問て」
行儀よく姿勢を正し、秀は小首をかしげた。
「自分だけ知識得ても、しまい込んでしもて社会に役立てんようではあかんのや。人間て、人の間て書くやろ。他人さんのおかげ蒙って生きてる。自分だけやのうて、もっと人のことも考えなあかん」
・浅子の実業家としての視界の広さ
「寄付集めに走り回って、うちは一文の得もせんて思うたら間違いや。ぎょうさんの有力者が信用してくれてお金出してくれはった。つまり信用いう宝もろて、えらい得したことになる。無欲になるほど怖いもんはない。」
・大局に立つ
日本経済の大局に立ってみれば、加島屋一つなどどうということもない。その点に気づくと、浅子は少し気が楽になった。
・成功の秘訣
第一に、成功の秘訣は、その人に活力があるかどうか、その有無にかかわっている。強い活力を持っていれば、それが仕事に反映し、生き方にも表れてくる。成功者は例外なく人に倍する活力を有している。次に、真我と小我といったものについて触れてみたい。人はともすれば自分の小さな考えに固執し、大局を忘れがちである。これが小我を基準とした生き方である。しかし人間の個々の小さな我を超えた。もっと大きな不変的真理とでもいうべきものがある。これが真我である。小我にとらわれず、真我に基準を置いていった時、その人の生き方には行きづまりなくなる。
・自分を深める
「環境が悪い、条件が悪いいうて不満いうたかて、人間大きゅうはならん。自分を深めるためには、悪い条件の中でうんと苦労することや」
・埋もれていた名作
作者の古川智恵子さんがこの『小説 土佐堀川』を潮出版社から刊行したのは一九八八年である。それから二十数年間、この小説はいわば休眠状態にあった。刊行当初、一部の人々から注目されたが、時代の流行の陰に隠れて、二十数年間も日の目を浴びなかった。けれども、長い年月を経て、いま脚光を浴びようとしている。おそらく、多くの新しい読者が広岡浅子という稀有な女性な生涯を、この『小説 土佐堀川』で知ることになるであろう。