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kaidaten's blog~書評ノート~

日経新聞の要約や書評を中心にエントリーしてましたが、最近はざっくばらんにやってます。

又吉の第二作「劇場」〜ダメな男とそれを支える女性〜

売れない演出家と女優志望の女性の生活を描く「劇場」

又吉の小説第二作「劇場」を読了した。

 

作品全体に散りばめられている主人公のクズさ。ヒモ男とはこういうものなのか。自分のことは棚に上げ、人の揚げ足を取り、情けない嫉妬と謎の羞恥心に苛まれ、動けない。クズ人間の骨頂だ。「こいつほんとにヤバい」と思う描写がいくつかあった。

 

主人公は演出家を目指して上京してきた青年。夢の大きさと反比例するように堕ちていく若者の一人だ。自分の才能が認められることはなく、魂は磨耗していく。自らの意志で歩みを進めているのか、何か大きな流れに飲み込まれているのかも分からなくなる。

 

そんな中で、自分と同じ視点で同じ対象を見つめる彼女と出会う。彼女は、一応女優を目指して同じく上京してきた大学生で、明るく、光をまとった、主人公とは対象的な人物である。そして、お互いの足りないところを補完するように二人は同棲を始める。そして、彼女は、主人公の闇をもらうかたちで最終的に病んでしまう。

 

 

 

この小説では、全く共感できない要素が大半である一方で、物語を読み進めていく中、どこか自分にも通じる部分があることにも気付いた。

 

それは、人間が根底に持つ自分本位さ。客観的にみれば明らかにアウトな行動であっても、それとない根拠付けをし、ストーリーを仕立て上げてしまえば、主人公の頭の中、つまり読者の視点からは「そんなもんか」と合点がいってしまうのだから不思議だ。

 

本書では、そのような主人公と世間の感覚とのズレが、取り巻きの登場人物たちからの的確な指摘よって容赦無く露呈していく。

 

この話は、又吉の実体験に基づいている。ものすごく心の優しい人間にしゃぶりつき、結果的に精神を病ませてしまう悲しい物語。

 

彼はどのような気持ちで文章を紡ぎ出していたのだろうか。

 

モデルになった女性の話は、又吉が過去に書いた書評集の中に少し登場する。「劇場」の中では、出会いのきっかけが「絵画」という媒体に変わっていたが、実際には、又吉が外出中に思わず気を取られた一枚の落ち葉が二人を結びつけている。

 

宙を舞う落ち葉をたたまたま一緒に見つめていたのが彼女だったのだ。思わず駆け寄り、声をかけた。又吉の最初で最後のナンパだ。

 

詳細は書かれていなかったが、彼女は又吉の影響で心を病み、やがて彼のもとを離れていった。たしか、又吉がその彼女に贈った小説があったのだけど、本の題名を忘れてしまった。

 

彼女は今どこにいて、何をしているのだろうか。

 

幸せになっていることを願う。