kaidaten's blog~書評ノート~

日経新聞関連の時事ネタを中心に書評ノートを公開中。小説や実用書、自己啓発本についてもたまにエントリー。

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自分を変えるために必要だったこと

私に訪れた転機

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人が変わるための3要素は「時間配分」「付き合う人」「住環境」らしい。大前研一氏によると、この3要素のどれかを変えることでしか人の性質は変わらない。ちなみに一番無駄な試みは「志を新たにすること」。

 

この説がどれだけ真理を捉えているかは分からないが、少なくとも私の半生を振り返ってみると、あながち的外れではないように思う。

 

 

 

 

自分の考え方や行動に大きな変化が起こったのは、大学入学、就職、そして転職のタイミングだった。いずれも3要素すべてに大きな変化が起こっている。中でも人生の転機ともいえる変化を伴ったのが「転職」だ。

 

子どもの頃から自己顕示欲が強く、何事においても常に一番でなければ気が済まなかった。自分を満たすものは”順位”のみで、趣味や人付き合いの時間を無駄だと考え、ひたすら勉強していた。その甲斐あって大学は第一志望に無事に合格することができた。

 

しかし、一度大きな目標を達成して気づいたことは、自分が無駄だと考えていたことが人としての魅力に繋がっていくという事実だった。大学入学後に様々な価値観を持つ人と交流する中で、徐々に学力一辺倒だった自分の考えに幅が出るようになった。ただ、一番になりたいという根本的な競争意識が途絶えることはなく、優秀な学生の中で、常に欠乏感を抱いていたのを覚えている。幸か不幸か、それが就活の原動力となり、最終的に業界最大手の企業への内定を勝ち取ることができた。

 

自分の選択にやはり間違いはなかったと有頂天で自信満々だったが、社会人になって初めて大きな挫折と直面する。

 

配属された部署の社員は若くして皆優秀で、向上心が高かった。そして一様にハードハーカーだった。長時間労働の温床となりやすい裁量労働制下において、社員は相応のストレスを抱えており、足の引っ張り合いが多く、オフィスには殺伐とした雰囲気がいつも漂っていた。今考えれば自分みたいな奴ばかりの集団だった気がする。そんな環境の中で、早く一人前になって認められたいと自分なりに必死に頑張ったが、キャッチアップできないことが続き、徐々に自信をなくしていった。この会社では、超優秀な人間か、批判に鈍感な人間しか生き残れないのかもしれない、そんな極端な考えが頭を離れなくなり、ほどなくして会社を辞めた。あっさり辞めたかのような書きぶりだが、相当な時間と葛藤を要し、メンタルも弱めた。

 

そんな感じで完全に鼻をへし折られ、私は地元の会社に転職する。そこで、人生の転機を迎えた。大げさかもしれないが、行動の優先順位が180度変わった。

 

入社直後こそ自暴自棄になっていたものの、新しい会社には実に多様な働き方があり、拍子抜けしてしまった。残業至上主義みたいな人も一定数いるものの、プライベートに主眼を置いている人が圧倒的に多かった。昼休みには皆でランニングし、業務後はスポーツ大会に向けて練習に勤しんでいる。前の会社の飲み会では、忙しさ自慢が横行していたのに対し今は趣味を皆で共有しながらまったり飲んでいる。巷で話題の「働き方改革」にも積極的に取り組んでおり、「プライベートを充実させ、社員の英気を養い、業務では得られないような新たな知見をそれぞれが獲得していくことこそ、組織の成長にとって必要なこと」という趣旨の指導が浸透している。「これだけ会社から配慮されているのに、残業し続ける奴って痛いよね」という風潮さえある。

 

 

 

私は周りに影響されやすい性格なので、すぐにこのスタイルに取り込まれていった。アフターファイブを楽しむために、どうすれば定時内にタスクを完了させられるか、徹底的に考えて行動するようになった。リミットを決めることで、驚くほど集中して作業に打ち込めることに気付く。前日の疲れをためてダラダラ仕事していた以前よりも作業効率は格段に上がり、不思議と仕事自体も楽しくなった。

職場の先輩が飲みの場で語っていた。「仕事そのものは作業なので、本来しんどいもの。そのしんどいことに対して、個々人がしかめっ面して空気悪くして働くよりも、どうせなら、みんなでおもしろおかしくやった方が絶対生産性上がらない?」その通りだと思う。

なんやかんや一緒に働く人って大事。私は転職によって付き合う人が変わり、付き合う人の影響で時間配分が変わった。そういえば地元に戻ったので住環境も変わった。転職を逃げだと感じる方もいるかもしれないけど、私は転職で生き方が変わった。

今、八方塞がりになっている人は視野が狭まっていないだろうか。自分の意思で自分の性質を変えることは困難なこと。外部要因を意識的に変えることは、状況を好転させる一つの方法かもしれない。