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kaidaten's blog~書評ノート~

日経新聞の要約や書評を中心にエントリーしてましたが、最近はざっくばらんにやってます。

夢をかなえるゾウ2~ガネーシャと貧乏神~

書評

 

今回「夢をかなえるゾウ”2”」の書評を書いているのは、前作”1”が手元にないからだ。同シリーズは、第1部「夢をかなえるゾウ」が新書の自己啓発書としては異例の売り上げを記録したため、その後も続編が刊行されることになり、現在第3部まで書店で販売されている。小栗旬水川あさみらによって過去ドラマ化もされているので、ご存知の方も多いだろう。

 

内容は、冴えない主人公が、ひょんなことから象の姿をした(なぜか関西弁の)インドの神様「ガネーシャ」と共同生活を送ることになり、日々ガネーシャから与えられる奇想天外な課題に挑戦することで、人間として成長し、自分の夢に近付いていくというもの。著者”水野敬也”は、自身が膨大な数の自己啓発書や偉人伝の内容を研究する中で得た「成功哲学」の知識を、本書の中で「ガネーシャの教え」というかたちでさりげなく紹介している。このため、読者は「成功に必要な行動」を、物語を読み進める中で自然と追体験できる。また、ガネーシャの人物設定が非常にコミカルかつ魅力的で、小説として普通に楽しめる点もこのシリーズが人気を博した理由の一つだろう。ある意味、自己啓発書の新ジャンルを築いたといってもよい。

 

 

 

 

第1部では、平凡なサラリーマンだった主人公が、ガネーシャの教えによって最終的に有名な「建築家」に変貌することになるが、第2部では、売れないお笑い芸人が主人公。第1部が基本的に「主人公対ガネーシャ」の構図で物語が進むのに対し、第2部では、物語の鍵を握る一人の”女性”を登場させることで、「主人公対ガネーシャ」という構図に加えて「主人公対女性」という構図、すなわち”恋愛”要素を新たに組み込んでいる。

 

第1部の内容が秀逸だっただけに、第2部の内容には”教え”の内容に多少物足りなさを感じたが、主人公の色恋事情も意外とおもしろく、小説として普通に楽しむことができた。この「ガネーシャ」シリーズで他にないユニークな点を一点挙げるとすると、「主人公が既に多くの自己啓発本を読んでいるが、それを実践できず挫折している」という設定で物語が始まること。多くの自己啓発系読者が経験する「あるある」を取り上げ、「正しい教えを実践することの難しさと大切さ」を物語の全体を通じて伝えようとしている。内容の薄い本と勘違いされがちだが、私は一読の価値ある一冊(二冊?)だと思う。

 

内容抜粋

■成長すること

「『頑張れば夢はかなう』っていうのは、夢を叶えることができた人の言葉じゃないですか。でも、夢がかなえられなかった人は―仮に、その人がどれだけ血のにじむような努力をしていたとしてもーその人の言葉は歴史に残りません。たから、僕たちが知らないだけで、すごく頑張ったのに夢をかなえられなかった人はたくさんいるんじゃないでしょうか。むしろ世の中にいるのはそんな人たちばかりなんじゃないですか。それが―現実なんじゃないですか?」

するとおじさんは険しい目をこちらに向けて言った。

「自分はなんか大きな勘違いをしとるみたいやなあ」

「え?」

おじさんはしばらく僕の顔をみつめると、うなずきながら言った。

「確かに世の中には才能のあるやつはおるで。誰からも教えられてへんのに、おもろいことが言えるやつがおる。たいして練習せえへんのに運動できるやつがおる。歌がうまいやつもおる。生まれつき顔やスタイルのええやつもおるし、計算の速いやつもおる。頑張んのが得意なやつもおる。打たれ強いやつもおる。ワシはな、そのことを否定するつもりはあれへん。ただな……」

そしておじさんは顔を上げて言った。

「人間は、成長する生き物なんやで」

そしておじさんは夜空を眺めた。そのときのおじさんの目は、夜空ではなくもっと遠くて深い場所を見ているようでもあった。

「人間はな、この地球に生まれたときは『こんなんでほんまにやってけんのか?』て見てて心配になるくらい無力な存在やったんや。ライオンみたいな牙もあれへん。鳥みたいに空を飛べるわけでもないし、シカやサイみたいに自分を守る角もあれへん。それこそ自分の言う『才能』をな、まったく持ってへん状態で生まれたんや」

そしておじさんは大きくうなずいた。

「せやけど、人間は『成長』したんやなぁ。二本足で立てるようになって、道具作れるようになって、火や言葉を使いこなせるようになった。人間を、他の動物らと決定的に違う存在にたらしめたんは―『成長』や」

(中略)

「今の自分にとって、夢をかなえることは奇跡や思えるかもしれへん。でもな、自分はもう奇跡を起こしてるんやで。そんでその奇跡はな、『成長する』ちゅうことをあきらめへんかいぎ、何べんでも起こせるんや」


■聞く耳を持つこと

「もちろん他人の批判を恐れずに自分を貫くんも大事やで。でもほとんどの人が他人の意見を聞かれへん本当の理由はな、『直すのが面倒だから』やねん」

そしてガネーシャはこんな話を教えてくれた。

「漫画の神様と呼ばれた手塚治虫くんな。彼は、締切りギリギリで書き上げた『ブラック・ジャック』の原稿が面白いかどうかをスタッフに聞いて回って、たった一人のアシスタントが面白くないて言うたんをきっかけに全部直したこともあるんやで」

いつのまにかゾウの顔になっていたガネーシャは、大きな耳をパタパタと動かした。

「聞く耳を持つんや。それが『成長』するための最大の秘訣やで」

 

■不安になったとき

ガネーシャと出会ってから、僕は今まで経験したことのないような不安を味わうことになったけど、その経験の中で一つ大きなことに気付いていた。不安になったとき、僕はすぐにそこから逃げだそうと考えてしまう。でも、逃げようとすればするほど不安は大きくなっていく。そうではなく、思い切って不安の中に飛び込んで自分のできる限りのことをしていると、不安はまるで幻だったかのように消える瞬間がある。不安に実態はない。自分の不安に対する姿勢が、そのまま不安の大きさを決める。だから、僕みたいに不安を感じやすい人間は、不安を感じたときこそ、前に出なければならないんだ。

 

■他人に対する言葉や言動は、自分に対する言葉や言動

すると幸子さんは言った。

「勤太郎さんがこの前ハローワークで借金のネタをやりましたよね。あのネタをしたときはどんな気分でしたか」

僕は無我夢中でやったあのネタのことを思い出した。

「最初は緊張してたから覚えてないけど、途中から不安が消えていったような気がする。お客さんを励ますためにやってるんだけど、自分を励まているみたいな感覚というか……」

幸子さんはうなずいて言った。

「実は『人に対する言葉や言動は、自分に対する言葉や言動』でもあるんですよ」

「え?どういうこと?」

「たとえば、貧乏のことを悪く言う人がいます。するとその人は、自分が貧乏になりそうになると『ああ、自分はだめな人生を送っている』と自分自身を責めなければならなくなります。また逆に、人の良いところを見つけられる人というのは、自分の良い部分も見つけることができます」

「なるほど……」

ハローワークのネタをしたとき勤太郎さんの心から不安が消えていったのは、『他人の不安を消してあげよう』としたからなんです。他人に対して『お金がなくても大丈夫だよ』と言ってあげることで、同時に、自分の中にある『お金がないと困る』という不安を消すことができるのです」

そして幸子さんは言った。

「だから、自分が困っているときに人を助けてあげられる人は、『困っている』という感情から抜け出すことができます。そして、そのとき人は―大きく変わります。当たり前のように、人を喜ばすことができるようになるのです」

 

■「いい人」から抜け出す

「勤太郎さんは『いい人』になろうとしていませんか?」

幸子さんの言葉にどきりとした。幸子さんは続けた。

「『いい人』というのは、他人を喜ばせるのではなく、他人から嫌われたくないという気持ちから自分の欲求を抑えつけてしまう人です。でも、そういう人が何かを手に入れることはありません。なぜなら―自分の欲求を抑え続けることで、どんどん『やる気』を失ってしまうからです」

幸子さんの言葉を否定することはできなかった。借金を返すあてもなく、自分の将来に対する不安をずっと抱えたまま、僕はどこまで松田を応援し続けることができるだろうか―。黙って考え込む僕を励ますように、幸子さんは言った。

「勤太郎さん、自分が望んでいることを口に出してください。そして、他人を喜ばせるのと同じくらい、自分を喜ばせるようにしてください」


■やりたいことをやる

「自分、黒澤明くん知ってるか?」

ガネーシャが口を開いた。

「彼はな、もともと画家目指してたんや。でも画家としては芽が出えへんかった、ただな、映画監督になって、どういう映像作ろうかて思うたとき、画家目指して頑張ってきたことが全部生きたんや。せやから明くんの映画はな、絵のカットも色彩も他の監督と比べ物になれへんくらいすごいねんで」

そしてガネーシャは言った。

「黒澤くんだけやない。ジャイアント馬場くんはもともと野球選手やった。オードリー・ヘップバーンちゃんや、アンデルセンくんも、クリスチャン・ディオールくんも、エイブラハム・リンカーンくんも、元々は違う職業やった。ひとつの夢に破れて、他の分野で夢をかなえた例ちゅうのはめちゃめちゃ多いんやで」

僕はガネーシャに聞いた。

「どうしたらそんなことが起きるのでしょうか」

ガネーシャはすぐには答えなかった。しばらくして、僕に向かって言った。

「自分はなんで芸人を目指し始めたんや?」

「それは……」

僕が会社を辞めようと思ったあの頃のことを思い出しながら言った。

「人前に立ってたくさんの人を笑わせたり、テレビに出て有名になったりしたら、最高の人生が待っているんじゃないかと思ったからです」

「そうやな」

ガネーシャは深くうなづいて言った。

「自分は芸人に『憧れ』ていたんやな」

そしてガネーシャは顔を上げ、遠くを見通すような目をした。

「人が何かに憧れるとき、その世界はまるで夢の国のように見えるもんや。その仕事の中にあるつらいことや苦しいことには目を向けずに、ええところばっか見てまうからな。ダンデミスくんはこう言うてるわ―『人の幸福を羨んではいけない。なぜならあなたは彼の秘かな悲しみを知らないのだから』。人が何かに憧れる理由はな、そのことを『知らへん』からやねん」

そしてガネーシャは顔をこちらに向けて言った。

「でもな、だからこそ人は『憧れ』を目指すべきやねんで」

ガネーシャは続けた。

「自分の知らへん場所は、思いもよらんかった色んな経験をさせてくれる。つまり、そこは自分が一番成長できる場所やねん。せやから、憧れる場所に飛び込んで、ぎょうさん経験して成長した人間が、自分にとって一番向いていることを見つけたとき―自分にとっても、お客さんにとっても、最高の状態を生み出すことができんねんで」

そしてガネーシャは言った。

「人間の赤ちゃんはやりたいことやるやろ?触りたいもの触って、行きたい場所に行く。もちろんそこで痛い思いしたり、つらい経験するわな。でも、それこそが、人を一番成長させる道なんやで」

そしてガネーシャは言った。

「せやから昔の偉い人らは、みんな口をそろえてこう言うんやで。『やりたいことを、やりなさい』」

ガネーシャの言葉にじっと耳を傾けていると、幸子さんが優しい声でつぶやいた。

「これから、全部生きますから」