もしこの世界にクローン人間がいたら〜私を離さないで〜
クローンの生き様を描いた「私を離さないで」
村上春樹を抑えてノーベル文学賞を受賞し一躍有名となった「カズオ・イシグロ」。本書「私を離さないで」は、過去に映画化もされた彼の代表作の一つである。
クローン人間の半生を描いた小説ということで、SF要素高めの物語かと思って読み始めたものの、すぐにそうではないことに気付いた。
意外にも、どこにでもありそうな人間関係のもつれや友情を描いた作品なのだ。主人公たちの青春を描きながらも、徐々に明らかになっていくクローン人間による臓器提供制度。
主人公たちは医学の進歩により臓器提供のために生み出されたクローン人間。この物語の世界は、現代のパラレールワールド。
基本的になんてことない日常生活が舞台でありながらも、クローン人間という非常にセンシティブな存在とオリジナルの人間が共存する世界。そして、この小説ではその”オリジナル”の人間についての描写は一切なく、クローンの少年少女たちのみにスポットライトが当たっている。
もし、クローン技術が確立され、この世にクローン人間が生み出されたならば、このような話が世界中で生まれるのではないか、と思わされるほどに自然な世界観。なるほど、カズオ・イシグロは、ノーベル文学賞受賞に値する人物だ。彼が読者に投げかけた問いは非常に秀逸だ。
現実世界とはかけ離れた設定でありながらも、あたかもこの世界のどこかでこのようなことが起きていそうと感じてしまうほどに緻密に作り込まれた物語。
読了後、なんともいえない切ない気持ちに陥った。人間の”尊厳”とは何なのか、カズオ・イシグロからの問いかけにあなたはどう答えるだろうか。